お客様にお料理を届けるまで~食材のストーリーを語るサッポロライオンの責任
飲食店で食事をするとき、皆さんは何を楽しみにしていますか?
美味しいお料理、心地よい雰囲気、そして素晴らしいサービスなど楽しみ方は人それぞれですが、その楽しさの大前提となる美味しいお料理の背景には、私たちが普段目にすることのない多くのストーリーが詰まっています。
目の前にあるお料理がなぜ美味しいのか、提供されるまでのストーリーを知ることができたら、きっとそのお料理は皆さんにとって意味のあるものとなり、価値のある飲食体験になるはずです。
サッポログループの外食企業であるサッポロライオンは、お客様の飲食体験をより価値のあるものにするために、食材をお料理として提供するまでに関わる、「生産者」や「料理人」たちの想いとそこに込められたストーリーを届けたいと考え、2024年2月から「アグリカルチャープロジェクト」と題した農業体験を行ってきました。
普段店舗に立つスタッフ(社員)が、農業の現場に赴き、野菜作りの土壌整備から収穫、メニュー開発から販売まで一気通貫して取り組む「アグリカルチャープロジェクト」。
これを企画・実施した営業統括部の西名さんに詳細を聞いてきました。
商品の付加価値を高める外食産業のミッション
――「アグリカルチャープロジェクト」を企画したきっかけを教えてください。
お客様の飲食体験価値の向上のために、提供する商品の付加価値を高めるための取り組みを考えたことがきっかけです。
継続する食材原価や物流コストの上昇などによって提供価格の改定を余儀なくされるなかで、それでもお客様に価値ある外食体験だと感じていただくには、店舗のサービスレベルを高めることが必須です。なかでも、商品そのものの付加価値を高めるためには、スタッフが商品を「語れる」必要があると感じていました。そこで、生産地や市場の現場を体験することで知識を蓄え、生産者や卸業者の想いを感じ、それを店舗で働く他のスタッフ、そしてお客様に自分のことばで伝えることができるようになる企画を考えました。
――食材の仕入れ・購買を担当していた経験のある西名さんですが、企画を構想するにあたってご自身の目標はありましたか?
外食企業として、世界的な食糧危機問題や日本の食糧事情については目を背けられないと思っています。食材に携わる経験をしていたからこそ、生産者を守ること・国産野菜を使う意味・地産地消の意義を強く感じていました。お客様に食を提供する立場にある私たち社員が、これにどう向き合い、企業として何ができるかを考える力を養いたいというのが私のミッションです。
まずは知り、考える機会として、取り組み初年度である2024年は第一次産業のなかでも「農業」にフォーカスし活動をスタートしました。
「あたりまえじゃない」を痛感した農業体験
――どのような現場に足を運ばれたのでしょうか?
野菜作りの土壌整備から収穫までの生産者のリアルな1年間を体験したかったので、それにご協力いただけるパートナー農園を探し、協力していただくことになったのが茨城県つくば市の「つくば谷口農園」さんです。オーナーの谷口能彦さん、実は以前はサッポロビールのワイン戦略部(当時)で仕事をされていました。サッポロビールに7年間勤めた後、1年間の農業修行を経て、2015年に農園を立ち上げられました。農園探しをしているときに、私と同じ部署にたまたま谷口さんと大学の同級生で、かつサッポログループの同期入社の人物がいたことがご縁で巡り合いました。
ワインの奥深さに魅了された谷口さんの野菜づくりは、“お酒に合う野菜”がテーマ。収穫した野菜をメニュー化して販売する、今回の取り組みにぴったりの農園さんだったんです。
――1年間、農業体験にはどんな方々がどのような作業をされたのですか?
当初、若手社員むけに構想していた取り組みだったのですが、思いのほか若手以外から「やってみたい」という意欲的な声があがり、結果的にさまざまな年代・役職から参加者が集まりました。実家が農家だという人もいれば、これまで農業にほとんど関わってこなかった人、ワインソムリエ、店舗の支配人・店長・調理主任など、さまざまです。店舗のスタッフ5~6名に加え、私を含む本社勤務の2名で毎月1回つくばに行き、生産のお手伝いをしてきました。
初回の2月、まずは施肥(せひ)という肥料を撒く作業から始まりました。つくば谷口農園の代名詞的食材でもある「アスパラガス」をはじめ、野菜の味に大きく影響する肥料は、牛糞たい肥、牡蠣の殻、米ぬか・もみがら・鰹節の削りかすから作る自家製肥料。約4tの牛糞たい肥を全長55mほどあるビニールハウス3棟に撒く作業は、初回ながら体力的に一番きつい作業でした。1人でやると3日はかかる作業だそうですが、この日は総勢10名で行い、休憩をはさみながらも約4時間で散布完了。
2回目以降はアスパラガスのほかにも、枝豆や新玉ねぎ・そら豆・じゃがいもの定植から収穫をお手伝い。そのほとんどが手作業でした。収穫の時期には農学部の学生アルバイトを募集するなど、人員面では工夫されているとのことでしたが、実際に作業体験することで個人農家さんの苦労を全員がひしひしと感じました。
野菜は日中と夜間の寒暖差で甘くなること、だから早朝の収穫作業が必要な野菜があること、アスパラガスは収穫後いかに早く冷やした状態で鮮度を保つかがみずみずしさや美味しさの鍵であるということなど、たくさんの知識を学びました。
また一方で、新玉ねぎは3月の気温が低い影響で2週間ほど収穫が遅れたり、アスパラガスはたった1日温かい日があった影響から12時間で10cm成長してしまったなど、計画を立てて生産していても自然がそう簡単にはさせてくれないことを谷口さんから伺いました。
普段私たちが何気なく行っている「店舗から発注した食材が指定した日に注文通りの量で届くこと」が、決して当たり前の簡単なことではないということを痛感しました。
――安定した生産・供給を続けられることは当たり前ではない。おいしさにこだわっているからこそですね。
「食材への関心・知識」が生んだ“関係の質”
――収穫した野菜は、その後どうやってメニュー化・販売まで行ったのですか?
つくば谷口農園での生産に携わるなかで、谷口さんから野菜それぞれの味の特徴や扱い方に関する知識を各自がたくさん習得しました。時には採れたての野菜を食べて感動し、この感動をお客様に届けるにはどんな調理法が良いのか、素敵なメニューになるかなど、参加者で議論しました。それを各自が店舗に持ち帰り、調理人と相談しながら試作して各店の独自メニューとして販売していきました。
当初はこの販売まで実現する実行力や調整力を養うためにも若手社員向けに構想していた企画でしたが、今回、さまざまな背景をもつ社員が集まったことが結果として良い機会となりました。若手社員にとって、年次の高い社員や、ワインソムリエや利き酒師の資格を持つ社員が、谷口さんや調理人たちとメニュー化への構想・アイデアをふくらませていく光景はとても刺激的だったようです。目の当たりにした若手社員は「さらに食材と料理への関心が高まった」という感想を伝えてくれました。
――販売した反響はどうでしたか?
産地直送の野菜を使用したメニューとして各店で積極的におすすめしていたこともあり、ありがたいことに大変好評いただきました。ある店舗では、「次は何が採れるの?どんなメニューにするの?」と季節によって変わるつくば谷口農園さんの産直野菜を楽しみにしてくださるお客様もいらっしゃいました。
そして、何より嬉しかったのは、店舗スタッフとお客様の商品に関するコミュニケーションが増えたことです。
お客様がご覧になるメニューに社員が実際に収穫に携わった写真を入れており、店舗スタッフが率先して「先日店長が収穫した野菜なんです!」とおすすめしていましたし、お客様の方から「店長が行ってきたの?」と呼びとめてくれることもあったと聞いています。それがきっかけとなって、生産現場からどうやって提供までつながっているのか、なぜこの調理法で召し上がっていただきたかったかなどを、自分のことばでお伝えすることが実現できました。
お客様の飲食体験価値の向上という、アグリカルチャープロジェクトが目指しているものが見えたと思っています。
一連の取り組みのなかで、社内のスタッフ同士の関係・生産者さまとの関係、そしてお客様との“関係の質”が、さらに濃く、興味深いものになったということは、想定していた以上の収穫でした。
お客様へお料理を届けるまでの“ストーリー”を語れる飲食店に
――アグリカルチャープロジェクトは今期絶賛活動中ということですが、今後について西名さんの構想があれば教えてください。
まずは初年度だったので参加人数も10名弱とスモールスタートでしたが、しっかり会社としてのムーブメントとなるべく、もっといろんな人を巻き込んだ規模感のある取り組みにしていきたいです。今回の参加者だけではなく、アルバイトまでふくめたスタッフ全員がお客様の飲食体験の価値向上についての意識を高めていくことが大事ですので、私をはじめアグリカルチャープロジェクトの企画に携わった者たちがしっかりと啓蒙していく必要があります。
今年社内では、アグリカルチャープロジェクトの枠外でも、「銀座ライオン」の社員が夏のフレッシュ枝豆の生産現場を見学・体験したり、「YEBISU BAR(ヱビスバー)」の社員による地場食材を発見するための現地視察が活発になったりと、食材を知り、お客様にお届けするまでの“ストーリー”を大切にした動きが生まれてきました。
今後は第一次産業を農業だけでなく、漁業や畜産にも広げていくことできたら良いと考えています。
アグリカルチャープロジェクトは始まったばかり。食材の生産現場はアグリカルチャー(農業)にとどまりませんから、今後プロジェクト名は変わるかも…?来年以降も期待ですね。