世界中のビール愛飲家、大麦生産者、麦芽製造者みんなが末永くHAPPYになれる大麦を開発
これまでにnoteで気候変動による降雨量増加への耐性を持つ大麦と、ビールのおいしさを長持ちさせる性質を持つ大麦を紹介してきましたが、ついにこの2つの大麦の強みを併せ持つ大麦の開発に成功しました。その名も「Dual-S大麦」。今回は、この大麦を開発する上でのエピソードはもちろん、この大麦が未来のビール業界にもたらす意義について経営企画部サステナビリティグループの渥美さんと原料開発研究所の木原さんにお話を聞いてきました。
――――――渥美さんはこれまでにどのような業務をされてきたのでしょうか。
渥美:入社後、主に工場設備や環境関係の業務を担当した後、静岡の研究所に異動し、環境関係の研究開発を立ち上げるチームに加わって、食品廃棄物に発酵技術を用いて燃料を生成する技術開発や、ビール商品のライフサイクルアセスメント(LCA)の研究をしていました。その後、本社に異動し、そこからサステナビリティの前身の組織に入り、引き続きLCAの研究を継続していました。当時一番印象深い仕事だったのが、LCAにおけるCO2排出量のカーボンフットプリントをビール商品に表示することを考案したことです。2008年北海道洞爺湖サミットで先進技術の展示企画があり、経済産業省からの依頼でモデル商品を展示したことや、実際に商品を北海道で試験販売したことですかね。現在も本社で、サステナビリティの推進担当をしています。
気候変動対策のテーマは「緩和」と「適応」
――――――早速ですが、サッポログループの気候変動対策について教えてください。
渥美:サッポログループは気候変動対策に「緩和」と「適応」の両面から取り組んでいます。具体的な「緩和策」としては、省エネルギーの徹底と再生可能エネルギーの拡大をしていくことで、脱炭素、温室効果ガスの削減をしています。「適応策」としては、サッポロビールが創業期から取り組んでおり、強みとしている育種によるアプローチです。今回の「Dual-S大麦」も適応策の一つの成果だと考えています。
我々は将来発生する可能性のある事業環境の変化をシナリオ分析により複数想定した上で、リスクと機会を洗い出し、その結果を戦略や取り組みに反映しています。そして、気候変動の影響を原料ごとに分析し、どのくらい収量が変化し、それによってどの程度コストに影響があるか予測し当社HPに掲載しています。
予測シナリオとしては、パリ協定で決められた産業革命以前に比べて1.5℃以下に抑える場合、4℃以上に上がる場合、そしてその中間の場合の3つを想定し、大麦ホップでその影響額を開示しています。
DualーS大麦は2つ強みを受け継いだ大麦
――――――今回の「Dual-S大麦」はサッポログループのサステナビリティの適応策を大きく進展させる開発だったのですね。ちなみに名前由来を聞かせていただけますか。
渥美:英語でDualは「2つ」のという意味です。つまり、2つのSを持っているという意味から名付けました。というのも、この大麦の特長である気候変動対策≒サステナブルに配慮する「Sustainable Care」の側面と、旨さが長持ちする≒品質の安定性に寄与する「Stable Care」の2つのSを持つ大麦としてこの名前を名付けました。この2つがDual-Sと名付けた大きな理由ですが、Sには他にもサッポログループの頭文字やロゴマークである星「Star」にも当てはまるので、いろいろな思いを込めてこの名前に決めました。
――――――そんなにたくさんのSがかかっていたとは、知りませんでした。ここからは木原さんに「Dual-S大麦」の開発の経緯を聞きたいと思います。
木原:「Dual-S大麦」の前には2つの大麦が開発されました。
1つ目は「LOXレス大麦」は当社の長年の研究でビールを劣化させる酵素を持たない大麦を開発しました。「LOXレス大麦」で造った麦芽はビールが劣化しない=おいしさが長く続くという特性から「旨さ長持ち麦芽」として実用化しており、当社の主力商品であるサッポロ生ビール黒ラベルにも一部使用しています。
2つ目は「N68-411」で、麦芽に加工しやすく、かつ穂発芽に強い(雨に強い)のが特長です。大麦はビールを造るために麦芽に加工しなければならないのですが、麦芽に加工しやすい品種とそうでない品種があります。麦芽に加工しやすい北米系の品種は、気候変動の影響で大麦の収穫期に長雨が続くと、畑の中で発芽をしてしまう「穂発芽」という現象が起きやすいのです。穂発芽してしまうとビール原料には使えないため、生産者さんの収入も減ってしまいます。過去に数十億円の被害が日本や海外で発生しています。一方で、穂発芽しにくい大麦は麦芽に加工しにくいという問題がありました。そこで穂発芽が起こりにくく、かつ加工のしやすさを両立させた大麦の開発をしました。それが2022年に発表した「N68-411」でした。
その2つを育種(品種改良)して、両者の大麦の強みを受け継いだのが今回の「Dual-S大麦」になります。
前回発表から2年で新品種開発できた理由
――――――原料の品種開発は10年近い長期スパンで行うイメージでしたが、前回2022年の気候変動大麦N68-411の発表から約2年での今回の発表、こんな短期間で開発に至った背景を教えてください。
木原:公式発表となるとN68-411の時から2年になるのですが、正確には今回の大麦も2015年から研究を始めて約9年間の歳月をかけて、ようやく今回の発表に至っています。
我々、研究者は同時並行でいろんな研究を行っており、「N68-411」を正式発表する前から、「N68-411」には気候変動対応の性質があるであろうと信じて、「LOXレス大麦」との掛け合わせを行っていました。その結果、前回の「N68-411」の時から2年後に「Dual-S大麦」を発表することができました。
――――――同時並行で研究は行っているのですね。今回「Dual-S大麦」の開発で大変だった点を教えてください。
木原:大変さは「N68-411」よりもはるかに高かったです。育種では2つの遺伝子を持つ親を掛け合わせて子にその特性・遺伝子が受け継がれているのかを確認します。「N68-411」の時は気候変動リスクへの耐性と加工しやすさの特性だけを確認していたら良いのですが、「Dual-S大麦」はさらに「LOXレス大麦」の機能も持っていることも確認しなければいけないので、両方を持っている子孫を見つける確率は格段に低くなります。また良い子孫を見つけてもその性質が安定的に発揮されるのかを確認するために長い時間を要しますが、何とか見つけられてよかったです。
すべては未来のビール産業のために
――――――お二方から今後のサッポロビールの原料研究に込めた想いを教えてください。
渥美:将来的にこの大麦が実用化され、世界中の生産者やビールメーカーに使ってもらえたら、未来でも安定的な生産とビールのおいしさの保持に貢献できるのではないかと考えます。「いつまでもお客様によりおいしいビールで楽しんでいただきたい」という想いは、変わらず持ち続けていきたいですね。継続していい原料、いいビールを造っていくことがビール産業のサステナビリティに繋がると信じています。
木原:長雨や干ばつ、高温や低温などの極端な気候変動が生じると将来的に原料不足によるビール価格の高騰も起こってしまうと海外の論文でも書かれています。新しい品種を開発した後も、まだまだ挑戦は続きます。むしろこれからの方がやることが盛りだくさんですね。他の大麦研究も同時に進めながら、サッポログループの目標である2030年までに品種登録2035年までに国内実用化、2050年までに国内外実用化に向けて研究を進めていきます。
今回のDual-S大麦のような原料の取り組みはサッポロビールならではの取り組みと感じています。未来のビール産業のために、目標を最後までやり遂げなければならないと感じています。
取材をおえて
今回の取材で一番印象的だったのが、渥美さんも木原さんもこの大麦の発見を全世界のビールメーカーや生産者に使ってほしいという思いで仕事をしていたことでした。自社の利益だけを追求せずにビール産業の発展に向けて取り組む姿には、深く考えさせられました。未来までおいしいビールが適正価格で飲めることを願って今日もビールをおいしく飲みます!